二話 新たなる誕生




 その日、古ぼけた納屋の一角で、赤ん坊が産声を上げた。


 か細い泣き声を聞いた、納屋の持ち主である老夫婦は驚いた。
 
それも当然だろう。父親の姿はおろか、生んだはずの母親の姿すら見当たらないのだ。

 まさに生まれたばかりの赤ん坊を置いていくなど出来るはずもない。しかし、老夫婦はこの奇妙な赤子を、自分達の子供として育てることにした。

 老夫婦には既に独り立ちした息子がいる。息子が手から離れ寂しく思っていたところに新たに子供を授かったと老夫婦は赤子の存在を喜んだ。
 
 赤子の名前はリアナ<神様からの贈り物>と名付けられた。

 リアナは聡明な娘だった。一歳の時には危なげなく歩き、二歳の時には大人も顔負けなほど流暢に言葉を話した。

 加えて年を経るごとに、あどけない幼子は蕾が綻ぶように美しさを増していく。
光の加減によって金にも銀にも見える絹のような髪に、禁色である純粋な紫色を宿した瞳。

 田舎といっても過言ではないこの村で、リアナの存在は当に奇跡だった。

 老夫婦や村人達から与えられる溢れんばかりの愛情の中で、リアナはすくすく育っていた。
元より自我のある身。最初は戸惑い、やがて自然と受け入れるようになっていた。
よく泣き、よく笑う。

 転生する前の少女からは考えられないほどだった。

「どうしたんだい?リアナ」

 リアナを膝に乗せた青年、リアナの義兄に当たるフレイが覗き込む。
リアナは何でもないと笑って回した腕に少しだけ力を込めた。
甘えた仕草に珍しいと思いながらフレイは頭を撫でて抱き寄せる。

 温かい。この世界に生まれ直してから初めて温かいということを知った。優しい義父母に義兄、いつも何かと気にかけてくれる村人達。


 リアナが初めて接した人間であり大切な人達であった。

「お兄ちゃん、大好き」
「俺もリアナのことは大好きだぞ。ほら、高い高い」
「きゃー」

 首筋にしがみつきながら、きゃらきゃらと笑う。微笑ましそうに見ている両親達。ミュリエル家は今日も平和だ。


 「ったく母さんも酷いよな。掃除の邪魔だから散歩に行ってこいなんてさ」
「散歩は嫌いなの?」

 手を繋ぎながら二人はあぜ道を歩いていた。里帰りしていたフレイが家でだらだらしていたところ掃除をしていた母に追い出されたというわけだ。
 手伝っていたリアナも息抜きにと追い出され、こうして二人でのんびり歩いているのである。

「嫌いじゃないよ。街より空気良いしなー。でも、店も何もないからつまんないな」

 街だったらカフェで飲んで、買い物をしてと、いくら可愛くても相手がうんと年下の妹なのは若干不満だが、暇つぶしも出来るのだが。

「……お兄ちゃん」

 服の裾を引かれ、我に返ったフレイは訝しげに怯えた様子のリアナを見、顔を上げた。
こんな小さな村では、住人全員が顔見知り。
こんなところまでやってくる行商は少なく、彼等がやって来るには季節外れだ。

 何より嫌らしい笑みを浮かべているのが、怪しすぎる。

 フレイは彼等に気づかなかったふりをしてそっと妹を抱き上げた。踵を返して村へと向かう。

「よぅ、兄ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだよ。教えてくれないか?」

 無言で足を速めるフレイに舌打ちし、彼等は先回りして道を妨げた。足を止めたフレイは、しっかりとリアナに腕を回して前を見据える。

「何の用でしょうか?」
「へっ。そう怯えなさんな。俺達に用があるのはそっちの娘っ子だけだ」
「うちの妹は産まれた時から村を出たことがありません。あんた達のような余所者とは関係ないと思いますが?」
「そっちに関係なくてもこっちは関係あんだよ。雇い主がその娘をご所望だ。拒否をすれば、判るよなぁ」

 ぴくりとフレイの方が揺れた。次第にリアナの瞳から生気がなくなっていくことに誰も気づかない。

「お断りします。妹は渡さない」
「交渉決裂だな。ま、仕事分だけ働かせてもらいますか」

 多勢に無勢。しかも子供一人を守りながらなんて余程の手練れでなければ勝てるはずもない。
それにフレイは細工師だ。仕事である繊細な指を傷つけては、一生を棒に振ることになる。

 ソンナコトハユルサナイ。ジャマモノハハイジョスル。

 リアナを抱くフレイを中心にして、突如強風が生じた。囲もうとしていた男達は、もんどり返ってその隙を逃さずにフレイは一気に村へと走る。完全に油断していた男達は追いかけようとするも、その距離はとても追いつくようなものではなかった。


 村の外れまで全力で駆け込んだフレイは、後方を確認してからようやくリアナを地面に降ろした。鬼気迫る勢いで走ってきたフレイから事情を聞いた村の住人が、村長のところへ知らせに行ってくれたのでひとまずは安心だろう。

「さっきのは魔術だよな?凄いぞリアナ。さすが俺の妹!」

 座り込んでいたフレイを心配そうに覗いていたリアナは、伸びてきた腕によってぐしゃぐしゃになるまで頭を撫でられる。
街で暮らしているフレイだからこそ、魔術に対する偏見を持たずその価値を正しく知っていた。

 お前のお陰で助かったと褒められたリアナは、しかし顔を俯かせた。
 本当はあの時、彼等を消すつもりだったとは言えない。
目くらましをして、その隙に証拠も残らず燃やそうとしたところで、フレイが一気に逃げ出したのだ。もしフレイが一目散に逃げてくれなかったら、確実に殺していた。

 それはいけないことだと、この世界で過ごす中で何となく判っている。

 微かに震える手で、頭を撫でる兄の手をそっと握った。

 この暖かさを無くさなくて良かった。

 今頃になって怖くなったのだと勘違いしたフレイが、慌てて抱きしめるのを感じながらほうとリアナは息を吐いた。





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