仮装舞踏会 後編




「何なんですの、あの女!」

 憎々しげに扇子を掴み射殺さんばかりに睨みつける先は、バルコニーでジェラルド様と談笑しているウサギに仮装した女。
 ジェラルドのパートナーであり名門ランズディ公爵令嬢カタリナは、取り巻き達が様子を窺っていることにも気づかず美しい顔を歪めた。身分や年回りが釣り合うことから、周囲からは将来の皇太子妃として見られていたし本人もそうだと自負していた。

 そして、これまで妹しかエスコートしなかった皇太子が今回カタリナをパートナーに選んだことで、近々婚約が発表されるだろうと舞い上がっていたのだ。しかし。そんな思惑をあっさりと覆したのがあのウサギ女だ。

 主催者である皇帝自らが手を取った。それは即ち皇帝に認められた存在であること。そして皇帝だけでなく皇族一家全員と踊った、つまりそれだけ皇族にとっ て重要な人物であると知らしめたのだ。それだけでも驚きなのに、あの氷の貴公子と名高いウェイザー子爵やスフェンネル公爵、宰相など国の要職に就く者達と も親しい様子。

 皇弟殿下の恋人なら良い。でも、もしかしたら。カタリナの心にどす黒い感情が渦巻く。

 なぜジェラルド様はあの子と楽しそうにしているの?どうしてあの子にはそんな優しい眼差しを送っているの?

 いつも見ていたから。幼少時から会うことを許され、多くの時間を共有しているカタリナだからこそ、眼差しの意味に気づいてしまった。どこかで彼が自分に興味がないこと―――将来の伴侶としては見ていたかもしれないがそれだけだった―――は判っていたではないか。
 しかしそれを認めるにはカタリナの自尊心が高すぎた。顔が良いだけのぽっと出の女に自分が負けるはずがない。

 二人がダンスを終え、皇弟殿下と談笑しているのを見計らってカタリナは近づいた。


「疲れたみたいだね。休む?」
「大丈夫です」
「ふらふらしてる奴が何言ってるんだ。兄上に義理も果たしたしもう帰るか」

 宴もたけなわとなり、さすがに眠いのか、うつらうつらしているリアナをヴァリアスは受け取った。とろんとした姿が可愛らしく、うっかり抱きしめそうになったところで自制する。男を抱きしめる趣味は断じてない。一度認めたら何かが崩れるような気がする。

「帰ると言ってもどうせ城の部屋だろう?僕が送っていくよ」
「遠慮する。大体お前は主賓だろうが。お前目当ての女達の相手でもしてろ」
「それなら君だって同じ事だよ。あそこの令嬢なんてどうかな?さっきからこちらを見ているようだけど」
「あれはお前のパートナーだろうが。残念だがこれは俺のパートナーだ」
「じゃあ交換。後は任せたよ」
「お前なぁ……」

 どちらがリアナを帰すかで一悶着起こしているところへ。

「どちらに行っておりましたの夏の御方。お探ししましたわ」

 ジェラルドは見えないように小さく舌打ちし、ヴァリアスは丁度良いタイミングだと心の中で喝采を浴びせた。間に挟まれたリアナはほとんど夢うつつである。

「これは失礼。こちらのウサギが体調を崩されたそうで、今から休憩室に送っていくところですよ」
「まぁそうでしたの。ウサギの御方もお気をつけあそばせ。今宵は多くが極上の餌を求めて飢えておりますから」
「ご心配なく、可愛らしい子猫殿。この私が責任持って面倒を見ますので。二人には迷惑をかけました」
「とんでもない。主催側として客人を放っておくわけにはいきませんよ」
「どうぞお構いなく」
「いやいやそちらこそ」
「はぁ。この様子ではいつまで経っても決着がつきそうにありませんわね。うさぎの御方。わたくしがお連れしますわ」

 渋々といった感じで切り出したカタリナだが内心にんまりと笑っていた。この二人から引き離せばこちらのもの。牽制するなり脅しかけるなりすればいいのだから。社交界の華として君臨するカタリナにとっては造作もないことだ。
 一歩も譲らない三人に思いも寄らない人物がやってきた。

「御心配には及びませんよ。彼女は私が送りましょう。おいで」

 三人の不毛な争いを遮ったのは他でもないリューグだった。氷の貴公子の呼び名に相応しい冷えた眼差しが若い二人に注がれる。恐ろしさを身に持って知っているヴァリアスは背筋を凍らせ、ジェラルドはうっすらと微笑んだだけだ。
 リアナだけにとろけるような微笑みを浮かべて手を差し出せば、素直に身体を預けられる。それに満足して三人に簡単に挨拶を交わし、颯爽と会場を後にした。

 遣り取りを見守っていた老臣達は気の毒そうに二人を見、まだまだ甘いのうと笑っていた。





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