花の園




 副隊長カラルは女たらしである。野性的な肉体は女を興奮させ、その手練手管に数多の蝶が虜になったとか。

「で、だ。殿下も出かけるしお前も今夜は男になろうぜ、リトル。俺が奢るぜ」
「娼館、ですか。ところで娼館って何です?」

 リューグが聞けば確実に激怒するであろうが、生憎お目付役のジュードはいなかったことが災いした。
 無垢な少年にその道の先輩は色々と教えてやるものだと意気込んで、カラルはジュードの目を盗んでやってきたのだ。

「娼館っていうのはな、綺麗な姐ちゃん達とうはうはするところだ」
「うはうは?」
「カラル。やはりリトルにはまだ早いのではないか?」
「甘いって殿下。殿下が十歳の時には既に手取り足取り教えてやったじゃねーか」

 渋面を浮かべるヴァリアス。彼はリューグからリトルを護衛とする際にくれぐれもと頼まれているのだ。一応こういう遊びは保護者の許可を取った方がいいのではないだろうか。

「兎に角仕事が終わったら裏門に集合な。他の奴等にも声かけとくからよ」

 返事を返す間もなくカラルは手を振って出て行ってしまった。ジュードひいてはリューグとのお願いと天秤にかけて渋面を浮かべるヴァリアスに、リアナは無邪気に問いかける。

「殿下。娼館とは何ですか?」
「ん?そうだな、花を売るところだ」
「花?花屋とは違うんですか?」
「(どこまで世間知らずなんだ?)まぁ、行けば判るって。楽しみにしてろよ」

 釈然としないながらもリアナは頷いた。


 夕刻。仕事を終えた竜騎士達に連れられて色街へとやってきていた。煌びやかな建物にぽかんと口を開けてしまう。夜だというのに城以上に眩しいのではないだろうか。

「なんというか派手派手しい所ですね」

 男達が吸い込まれるようにして建物に入っていく。
 騎士達もそれぞれ散っていく中、護衛も兼ねているのでリアナはカラルとヴァリアスと行動を共にしている。建物の中でも一際目を惹く豪奢な建物へと三人は足を踏み入れた。

「いらっしゃい、旦那。頼まれた用意は出来てるよ」
「おうありがとな。んじゃふたりとも行くか」

 勝手知ったる何とやらでカラルは迷うことなく進んでいく。フードを取って良いと言われるまでは被っていろとヴァリアスに言われたので、通り過ぎていく女達が興味深げにリアナを見ていた。

「黄金の間はここだな。……ようこそリトル。大人の世界へ」

 きざったらしく扉を開けたカラルに促され、ヴァリアスと部屋に入る。
 水晶で出来たシャンデリラに甘ったるい香り。調度品はどれも一級品だと知れた。
 ソファにはあられもない恰好をした五人の女性達が座っている。それぞれが三人の姿を認めると、上着を脱がせソファへ導いた。
 その内の一人がリアナの外套を受け取った時、ぽかんと口を開ける。動きを止めてしまった仲間を咎めるように視線を向けた女達も同様に唖然とした。後ろではカラルとヴァリアスが笑っている。初対面でリアナを見た大半の人間は女達と同じ様な反応を返すのだ。
 ヴァリアスは既に慣れた様子で女の前で両手を合わせる。大きな音に我に返った女は慌てて服を掛けに行った。

「随分と綺麗な子を連れてきたのねぇ、旦那ぁ」
「新人のリトルだ。初めて連れてきたから可愛がってやってくれ」
「じゃああたしがやってもいい?」
「ええ!あんたは旦那担当でしょう」
「リトル君っていうんだ〜。カラル様ぁ、この子借りても良い?」

 一人の女性を膝に乗せてワインを煽っていたカラルはいいぜとあっさり許可を取った。三人の女に手を取られてリアナは別室へ移動させられる。

「やだぁ〜、この子お肌すべすべよぉ」
「きゃ〜羨ましいわ。ねぇこっちの方が似合うんじゃない?」
「ええーこっちよ。フリルの方が似合うって」

 あーでもないこーでもないと騒ぐ女達にリアナはスフェンネル公爵家の侍女達を思い出した。姦しさに程度はあれど、誰もが同じ様なものかと遠い目をしているリアナを余所に女達はそれぞれ着飾らせていく。

 数十分後。

「完璧ね」
「絶対驚くわよ〜」
「折角だからカラル様達を驚かせましょうか」

 力作を眺めて女達は頷いた。姿鏡には世にも可憐な美少女が映っていたのだ。つけ毛をカールさせ、薄く化粧を履いた姿は傾国の美姫もかくやと言わんばかりである。
 こっちよと手を引かれるままにリアナは女達に囲まれて廊下を歩く。前方から客が来たのだろう、女達に言われた通り、頭を下げて廊下を譲る。すれ違うと思われた男はしかし、足を止めてこちらを見ていた。

「その子は新人?」
「は、はい」

 ふぅんと呟いた男がリアナの顎を掴んで顔を上げさせる。はっと息を呑む音がしてリアナもまた驚いていた。
 澄んだ紫の瞳に簡単に纏められた黒髪。隠しようのない気品に溢れた姿。そしてよく似た顔の存在をリアナは知っている。
 予想が間違いなければなぜ彼がここにいるのだろうか?

「君の名前は?」
「リトルでございます」
「そう。折角だからこの子に持ってきて貰ってよ。ヴィターニュの二十五年物を頼むよ」
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」

 満足げに頷いた男は、案内係を伴って角を曲がって行った。

「どうしましょう〜」
「落ち着きなさい。新人には手を出さない決まりよ」
「ジード様は上客だから逆らえないわ。リトル様。申し訳ありませんが」

 おずおずと申し出た女にリアナは快く頷いた。男の護衛は何しているのかと問い質したい気持ちを抑えて。

「お安い御用ですよ、お嬢さん方。先程の方にお酒をお持ちすれば良いんですよね?」
「今用意してくるからぁ〜、ちょっと待っててねぇ〜」

 いくらリトルが許したとはいえ失態だ。残された女二人はこれ以上被害がないようにと手近な部屋で、後輩を待つ。程なくして戻ってきた後輩に、カラル達に伝言を頼み、ジードの元へリトルを案内した。



「……リトルが?」
「さっすがリトル。ちゃあんと女装を拝まないとな」

 気分が昂揚しているカラルとは対照的にヴァリアスは渋面を浮かべて黙り込む。ジードという名に嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
 一本で金貨五枚はする高級酒を頼む上客。そして王家御用達の娼館へ足を運ぶ人物。該当する人物は恐らく―――。
 そこまで考えたところで、舌打ちを隠さず身を起こす。ヴァリアスの様子を不思議そうに見上げるカラルを放って向かおうとした矢先に、来客の訪れが来た。通されたのはジュード。

「失礼します、隊長。リトルはどこにいますか?」

 淡々と紡がれる中に苛立ちと怒りが見え隠れしていた。カラルも興が冷めたのか人払いをしている。

「それは、」
「女達のお遊びに付き合わされてるぜ?んなことよりお前も楽しめよジュード。今日は非番だろ?」
「皇帝陛下のご命令です。直ちにリトルを連れてこいとの」
「兄上が?」

 極秘裏なのだろう。現にジュードは制服ではなく平服を着ている。命令とあらば従わなければならない。
 ジュードの握り拳には気づかず、ヴァリアスは女を呼んだ。





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