勝負の行方




 時間通り律儀に練武場へと入ったリアナは野太い歓声に迎えられた。よくよく見れば、昼間に会った男達である。
 中には俺と一晩過ごしてくれなどと下品窮まりない野次も飛んでいたのだが、生憎リアナにそういった知識はなかったので微笑むに留めた。一瞬静けさが戻り、爆発的な熱狂が飛び交う。
 そんな彼等を前にして、椅子に座り目を閉じている男装の麗人がいた。
 皇家にありがちな黒髪を一本に纏め、背中へ流している。リアナは純粋に綺麗だなと思った。

「来たか」
 組んでいた足を解いた麗人が、紺色の瞳でリアナを射抜く。

「女より美しい男というのは少々妬けるな。貴殿が我が許嫁、リトル・ゾア・グルテアで相違ないか?」

 ゾアとは子爵位につけられる名だ。正式名を呼ばれてリアナは間違いありませんとにこやかに告げる。顔を背けた麗人はこほんと咳払いして己を戻した。

「キエリファ・ユーシア・バーリアスの名において貴殿に決闘を申し込む。私が勝てば貴殿との婚姻を白紙に戻したい。よろしいか?」
「僕としては問題ありませんが、これは政治的な結びつきですし一概に答えられません」

 予期していなかった答えなのかぽかんと口を開けるキエリファとその部下達。それは響く笑い声で遮られた。

「お父様!?」
「リュディアス様」

 二人の声が重なる。ばれてしまったかと肩を竦めながら歩いてきたのはキエリファの父リュディアスとヴァリアス。そして兄のリューグとジュードだった。

「ごめんね二人の邪魔をして。でもやっぱりリトル君は惜しいなぁ。今からでも僕の息子にならない?」
「ご冗談を、殿下。リトルは私達の弟同然。慎んで辞退させて頂きます」
「どのみち選択肢はないけどね。暫くは貸してあげるよ」

 リュディアスがにこやかに告げ、リューグが悔しげに睨みつける姿はなんだか新鮮だった。いつも丸め込まれる弟側としては一枚上手のリュディアスを応援したくなる。

「リュディアス様。僕は物ではありませんし強いて言えばヴァリアス様の物なのでヴァリアス様の許可を取ってからにしてくれますか?」
「おやこれは手厳しい。ヴァリー、リトル君をしっかり繋いでおくんだよ?」
「?はい。わかりました兄上」

 確実に理解していないだろうヴァリアスにリューグは頭に手を当てて、リアナも苦笑い。焦れたキエリファががんと地面を蹴った。

「父上、決闘の邪魔をしないでいただきたい」
「そうは言ってもキーファ。お前とリトル君の婚約は決まったことだ。我が儘も大概にしなさい」
「我が儘ではない!そんな貧弱な少年と結婚するなど真っ平ごめんだ」
「う〜ん。ごめんねリトル君。君にこんな馬鹿娘を押しつけるのは悪いんだけど」

 あっさり娘を無視してリアナに話を振るリュディアス。兄の腹黒さを垣間見たヴァリアスはこっそり目を背けた。

「いえ、可愛らしい方ですね。僕には勿体ないくらいですよ」

 いえいえ、貴方の方が何倍も可愛いですよ。と満場一致の心の声は届かない。

「姫!確かに僕では貴方のような可憐な方から見れば頼りないでしょう。ですが貴方に相応しい相手でありたいと思います。だから決闘を受けます。それでもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。貴殿の心意気は気に入った!存分にかかってこい」

 邪魔をしないようにと壁際に寄ったヴァリアスは、勝敗の決まった決闘に苦笑を禁じ得ない。

「リトルの奴も健気だな。嫁にするなら確実に姉上よりリトルを選ぶよ」
「おや?ヴァリーはリトルのことが好きなのかい?」
「嫌いだったら専属護衛なんて頼みませんよ。……いざとなったら女装でもさせるか」
「殿下。そんなことをさせたらすぐにでもリトルは返して貰いますよ?」

 そこらの女よりドレスが似合いそうだし、リトルなら何でも出来そうだ。一つ年上の甥ほどでもないが、ちらほら縁談が届いているヴァリアスとしては利用したいのだがそれをすればリューグが恐ろしい。

「鈍いヴァリアスにはリトル君をあげないよ?」
「あ、兄上?」
「だから皇家にリトルを渡すつもりはありませんと申し上げたでしょう」

 狐と狸の化かし合いに挟まれたヴァリアスは体を縮こませた。


 勝負は一瞬だった。
 ヴァリアスと違って寸止めではあったが、ナイフがキエリファの首筋を捕らえている。鋭く研ぎ澄まされた闇が黒紫色の瞳に宿っていた。底知れ無さに膝をつきそうになったところで細い腕に支えられる。

「大丈夫ですか姫?」

 先程の冷えた眼差しではなく穏やかな色が宿っていたことに知らず安堵を漏らしたキエリファは、綺麗な顔立ちに目を瞠った。いつの間にか横抱きされているのも気づかず見惚れる。

「姫?」
「だ、大丈夫だ!?それよりも降ろしてくれ」

 睫毛が数えられるほど近くで見ていたことに気づいたキエリファはようやく己の状況を察した。暴れるキエリファに怒ることなくリアナは地面に降ろす。

「お、お前の想いは確かに受け取った!だがこれで勝ったと慢心せず、精進しろよ!」
「はい、姫。怪我はありませんか?」

 心配そうに見上げられてキエリファの心臓は限界まで鼓動を刻んでいた。血液が顔面に集中し赤くなるのを抑えられない。

 なんなのだ、これは!

 彼に見つめられる度に心臓が張り裂けそうになる。
 彼に触れられた箇所が熱を持っている。

 この想いはなんなのだ−−!

「ない!これ以上近寄らないでくれ!」
「姫?」

 一歩下がればリトルが一歩距離を縮めもう一歩下がれば再び距離を詰められる。もう限界だ。
 キエリファは即座に剣を収め走り去っていった。その様子を大半が唖然としながら見送った。それ以外の一部であるリュディアスは腹を抱えて大笑いし、ヴァリアスはリトルの漢っぷりに感心し、リューグとジュードは複雑だった。
 後にはきょとんと首を傾げるリアナが残された。





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