一瞬の邂逅




 リアナを連れて空中散歩に行ってくると告げたジュードが第二皇子を伴って帰ってきた時、屋敷内は上から下まで混乱の渦に巻き込まれた。

 突然の第二皇子の来訪に大急ぎで支度を調える。リューグは弟に怒鳴りそうになるのを我慢しながら、公爵に代わって出迎える。

「しばらく世話になる」

 急遽皇子のために設えられた部屋は、三階の一番南に位置し、リアナの部屋とは正反対にあった。彼等は徹底的にリアナと皇子が接触するのを恐れたためだ。

「さすがスフェンネル公爵家だな。城と思えば随分小さいが、内装に贅を凝らしているのか」

 下手をすれば城にある自室よりも余程金がかかっていそうだと客間を与えられたヴァリアスは室内を見回した。

 ジュード達と話し合った結果、内密に三日間だけ公爵家に滞在し城へ帰ることだったのだ。地方の視察と違って完全にお忍びであったため、少なくとも三日間は自由である。外壁の内側であればどこへ出歩いても構わないとのことなので、ヴァリアスは早速出かけることにした。


 急遽屋敷へ戻されたリアナは、自室に閉じこめられていた。扉の前には二人の兵士が立つという念の入れようである。いざとなれば窓から逃亡することもやぶかさではない。

「お義兄さま、外に出してください」
「駄目だ」
「お義兄さま〜」
「……っ!駄目です!」

 上目遣いにお強請りされてぐらりと揺れそうになった理性を必死で留めたリューグ。何杯目になるか判らないお茶を喉に流し込んだ。

 リアナが逃亡しないようにとの処置としてお茶会を開いているわけだが、そろそろ胃袋が限界である。いつもなら楽しいお茶会も、今回ばかりは苦行だった。

「はぁ…。どうして外に出てはいけませんの?」
「客人に見苦しい姿を見せるわけにはいかないだろう。我慢しなさい」
「客人が第二皇子だからですか?」

 どうやらばれているようだ。下手に嘘をつくよりも正直に話した方がいいだろう。

「その通りだよ。今はまだ君の存在を公にする時期ではないからね。しばらくは私の可愛いリアナ(義妹)でいておくれ」

 膨れている桃色の頬に唇を落とす。それだけで怒りが消えたわけではないが、リアナは受け入れた。大人しく頭を撫でられていたリアナだが、そう言えばと思い出す。

「お義兄さま。私、竜騎士になろうと思います」
「は?」
「ジュードお義兄さまが殿下に私を竜騎士を目指す少年と紹介してしまいましたの。ですから近いうちにシャックスとお城に上がりますわ」
「え?ええ!?…ユーナ。今すぐにジュードを呼んできなさい!」

 指差されたリアナの侍女が慌てて呼びに行く。時を置かずして顔を現したジュードにリューグは冷ややかな眼差しで説明しろと迫った。

「兄上?状況がよく…」
「リアナを竜騎士にするとはどういうことだ?」

 怒っている。常より青紫色の瞳が濃くなっている時は兄が怒っている証拠なのだ。洗いざらい吐かされたジュードは、視線を外されたことでようやく額に滲んだ汗を拭き取った。

「殿下がリアナと手合わせをする際に手を抜けばいい。そうすれば単に少年の憧れで終わるだろう」
「そんな簡単にいくでしょうか?殿下は御年十五であられますが、国でも有数の使い手。騙し通せるかどうか…」
「ならば得物を変えればいいだろう。普段使うリアナの剣ではなく、小剣を使えばどうだ?」

 慣れない武器を使えば確かに難しいかもしれない。よしそれでいこうと当の本人そっちのけで二人は細々と話し合った。


 そして、当の本人といえばこっそり窓から抜け出していた。
 ここならば見つからないだろうと木の枝に座って目を閉じる。風がリアナの髪を遊び、心地良い太陽光が眠気を誘う。しばし身を浸らせているところへ無粋な音がリアナを邪魔した。

 落ちた小枝を踏んだ音の方へとリアナが視線を向けるのと、男が緑の世界で場違いな色彩へと視線を向けるのは同時だった。混じりけのない紫の瞳が絡み合い、一時の時間を切り取る。

 誰もが美しいと賞賛するであろう少女に目が離せない。この世に存在して良いのだろうかと疑うような美しい少女は次の瞬間驚くような行動に出た。

 木から飛び降りるかと思いきや、宙に浮いたのだ。それが魔術だと気づいた時には強い風が吹き、少女の姿はない。夢か?男は幻のような少女を忘れられなかった。


 一方、リアナは気が緩んでいたとはいえ迂闊にも接近を許してしまった己を悔やんでいた。

 見間違えようのない黒髪に同じ瞳の色をした青年は第二皇子である。目が合ってしまったからには百計逃げるに限る。目隠しに強風を起こし、その間に遙か上空へ逃げた。兄達のお陰で少なくとも公爵令嬢とは気づかれていないはず。

 怒られるのを覚悟で自室へ戻った。





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