家出皇子




 屋敷へ戻ろうとしたところで前方にスタードラゴンを発見する。まさかと隣を見ればゼイスも驚いていた。


『ありゃ殿下じゃねーか!何があった?』


 これは魔術の一種だ。ゼイスは土系統の魔術を得意とするが、風を解して伝達するくらいの魔術は使える。でなければ、互いに疎通がとれないからだ。

 ドラゴンの飛行速度は速くぐんぐん近づいてくる。護衛もなく単騎で操っていることが判った時点で二人は護衛に徹することにした。


「どうしたのですか?」
「すまない。少し寄り道をするぞ」


 相手の気づいたのだろう。慌てて方向を変えようとするも、そうはさせじとゼイスとジュードで単騎を囲む。


「殿下!貴方は今お勉強の時間のはずでしょう。何をやってるんですか!」
『リュシー……そうか、お前はジュードだな!?ジュード、貴様今まで何をしていた!危急の用事で帰るとだけ告げて既に一月は経つぞ。職務怠慢だ!』
「そう言えば連絡するのを忘れていたな」
『おいおい、ジュード。なに丸め込まれそうになってんだよ。ところで殿下!供もつけずにどちらへ行かれるおつもりです!』
『家出だ!もう我慢出来ん。大体お前達二人が一月も帰ってこないからいけないんだぞ!お前達が抜けた穴を必死で埋めていたジュールが倒れ、また一人倒れと 今や決裁できる人間が俺しか居ない。この一月ティークとも逢えなかったんだ。とにかくもう書類など見たくない!勉強?そんなもの暖炉にくべてやれ!』


 殿下の言い分を聞き終えた二人は地平線へと視線を飛ばした。竜騎士は国の象徴であり軍を率いる者である。そのため国の兵士をまとめているのは一部を除いて実質竜騎士ということになるのだ。

 一人につき一つの担当地区。それ故職場は激務なのだ。三十八人という少数精鋭であることも災いして、その内二人が居なくなればしわ寄せが全て他の人間に 回ってくる。そして耐えきれずに一人が倒れ二人が倒れと悪循環が起こり、とうとう最高決裁を持つ殿下だけが生き延びたらしい。

 しかしその殿下が、耐えきれずに城を出た今とてもではないが城へ戻る気にはなれなかった。決裁が滞った書類の山。想像するだけで身震いしてくる。


「と、とりあえず落ち着きましょう殿下!どうせ行く当てもなく飛び出してきたんでしょう?」
『…………』


 どうやらその通りらしい。ドラゴンが降りられそうなところへ誘導して着陸する。ドラゴンが風で補助しているので衝撃はほとんど無い。ひとまずジュードは自分の上着をリアナに貸してフードを被せるよう指示した。訳が判らないながらもとりあえずリアナは従う。

 リュシーに降ろしてしまったリアナは目を輝かせてドラゴンへと走っていった。男三人はリアナの行動に注意を払っていなかったので、そのまま手を伸ばす。

 不思議な色合いを帯びたドラゴンだった。リアナの髪ではないが、見る角度によって色合いが違うのである。同じ色の瞳を見つめ合った双方はドラゴンが頭を下げることで折り合いがついた。

 可愛いなぁと口元を弛ませながら首に抱きつく。スタードラゴンも満更でもないのか誇らしげであった。


「そう、貴方はティークっていう名前なのね。よろしくね、私はリアナよ」
「キュウ」
「え?貴方があの有名なスタードラゴン?そう……お前は眷属の子孫なのね」
「キュ、キュウ!」
「駄目よ。私は今肉体を得ているの。確かにお会いしたいけれど難しいわね。…ふふ。お前は優しいのね」


 ティークの額に唇を落とす。上位種に頭を下げていたリュシーとグレンが悔しげにティークを睨んだが、生憎リアナは気づかなかった。


 すっかり臍を曲げてしまった殿下を宥め賺していたゼイスはドラゴンたちが騒いでいることに気づき、顔を上げた。

 今更驚くことでもないが、王族でも限られた者にしか頭を下げないというスタードラゴンがリアナにすっかり懐いていた。それが面白くないのかグレンやリュシーが時折爪で地面を蹴っている。なんというか、シュールな光景だった。


「どうしたゼイス?」
「ん?ああ、いや。すげぇ光景だなと思っただけだ」


 訝しんだ殿下は後ろを振り向き、絶句した。自分以外に触れることを許さないティークが小柄な少年?に顔をつけているどころか舐めているではないか!自分ですらそんなことをされたことがないのに。


「…あれは誰だ?」


 絞り出したような低い声にジュードは苦笑した。正に自分もリュシーが同じ様な反応をした時リアナに嫉妬したからだ。

 それ程にドラゴンとの絆は深いのである。


「彼女…いや彼は遠縁の息子ですよ。将来竜騎士になるのが夢でして。なかなか有望な少年です」


 脇腹をゼイスに突かれるが気にせず嘘をついた。彼はリアナの正体が気づかれるのを危惧したのである。

 万一にでも殿下がリアナに一目惚れしたら、リアナが遠くに行ってしまうではないか!それだけは断固阻止せねばならないと家族ぐるみで共犯である。

 幼いことも手伝ってリアナが表舞台に出ることはほとんど無い。そのため噂が一人歩きしているだけで、実際に見たことのある人間はほんの一握りだろう。


「ふぅん?お前がいうからには腕に自信があるのだろうな?」
「ええ。いずれ判ると思いますよ」
「楽しみにしているぞ。ところで名前は何というのだ?」
「リー…リトルです」
「リトルだな?よし憶えたぞ。滞在中は俺が相手をしてやろう」


 楽しそうな殿下にまずいと思った時にはもう遅く。

 殿下が公爵家に滞在中一度は手合わせの機会を設けることになったのだった。





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