手合わせ




「それにしても噂通りリアナちゃんって綺麗だなぁ。あと五年したら俺の嫁に来ない?」
「え?それは…」
「おい。人の義妹に手を出すな」
「社会的に抹殺するよ?」

 お兄さん二人がとっても怖いです、ハイ。

 リアナの乗ってきた馬はシャックスが走らせ、現在馬車の中には四人が膝をつき合わせている。リューグがそんな格好で外に出るんじゃないとか、知らない人と話しちゃいけませんとか過保護な母親のようにリアナに言い聞かせていた。いちいち頷くリアナも大真面目である。

「ですがお義兄さま。この格好は私服ですし、知らない人と話せなければ道に迷った時に困ります」
「屋敷内でのみという約束だろう?それに道を尋ねる時はシャックスにでも頼めばいい」
「万一、一人で出かける時は?」
「そんな状況を作ることのないよう努力しなさい」
「まぁいいじゃないか、兄上。その格好もよく似合ってるぞ」
「お前は甘い!リアナに一番似合うのはドレスだ。確かに私の古着を着ている姿は微笑ましいが、私は断固ドレスを推奨する」
「ですがいざとなった時に動くにはこの格好は適しています。遊ぶにも丁度良いではありませんか」
「お前はリアナの所行を知らないから言えるのだ。これ以上動かれたらこちらの身が持たん!」
「スカートでしたら行動は制限されますが、その分リアナの魅力が下がってしまうのでは?」

 ナンデショウカこの兄馬鹿丸出しな会話。

 長い付き合いになるジュードがこれ程熱い男とは正直思っていなかった。兄のウェイザー子爵も、落ち着いた人柄だと思っていたのだが、全然違うようだ。
 力無く視線を彷徨わせていると、濁りのない紫の瞳と視線が合う。にこりと微笑みかけられて少しだけゼイスの気持ちが上向いた。この可愛さなら兄馬鹿になる理由もよく判る。

 リアナの私服について熱い議論を兄弟が交わしている間に公爵の屋敷へと着いた。
 二年ぶりに帰還した次男を屋敷の使用人総出で迎える。リアナの格好に目を剥いた侍女が慌ててリアナを屋敷に引っぱっていくのを視界の端に納めながら、ジュードは挨拶を返した。公爵はバルコニーで待っているとのことなので、制服だけ脱いで席に向かう。

 席には既に着替え終えたリアナと公爵が楽しげに話していた。こちらに気づいたのかリアナがジュードに席を譲る。名残惜しげにしながらも公爵は次男を笑って出迎えた。

「久しいな、ジュード。あれから二年か。頑張っているようだな」
「父上こそお元気そうではありませんか。危急とのことでしたので慌てて帰りましたがどうかしましたか?」
「そうでも言わん限りお前が帰ってこんからだろう。…おお、ゼイス君も大きくなったな」
「お邪魔してます、スフェンネル卿。ご健勝で何よりです」
「ははは。まだ若い者には負けんよ。娘とはもう会ったのだろう?あれは随分跳ね返りでな。ちっとも心が安まらんわ」

 公爵は楽しそうにリアナについて話す。いつまでも続きそうなリアナの話を遮ったのはリューグだった。使用人がほっとしながら食事を用意する。暫くは他愛のない世間話だった。

「そうだ。リアナ、折角だからジュードとゼイス君にお願いしたらどうだ?」
「よろしいのでしょうか?」
「父上!私は反対です。淑女が剣を握るなど−」
「剣?リアナは剣が使えるのか?」
「ああ。この街一番の使い手だぞ。もしよかったら一度手合わせをしてやってくれないか?」

 竜騎士の称号は伊達ではない。少し手合わせしてやれば満足するだろう。残念ながら二人の認識は甘かった。


 ありえない。剣を杖代わりに肩で息をしたジュードは思った。
 自分の二倍は大きいであろう剣を軽々と振り回しながら舞う姿はとても同一人物とは思えなかった。変幻自在に動く剣筋は鋭く、速い。あんな小柄な体躯のどこからそんな力が出てくるのだろう。

「強いな」

 純粋に感心した。清々しいまでに力量差がありすぎるのだ。どこで憶えたのか、時折こちらがひやりとするほど急所を狙ってくる。確実に命を奪うための剣。それがリアナの剣だった。
 今もゼイスの剣が空を舞って地面へ突き刺さったところだ。切っ先を喉元に突きつけられゼイスが降参と手を上げている。

「……驚いたね。美人なだけじゃなくて剣まで強いときた。リアナちゃんてば何者?」
「さぁ?少しだけ他の人より力の強い女の子、でしょうか。それよりもゼイスさん。約束守ってくださいね?」
「あはは、判ってるよ。いつがいい?」
「すぐにでも。グレンが乗せてくれるって言ってたの。グレンは旋回が得意なんですってね」
「よく知ってるな」
「リュシーはお義兄さまのことが大好きなんですって。でも朴念仁だからもう少し乙女心を判って頂戴、と言ってました」

 もはや何を訊いても驚くまい。ドラゴンと会話が出来る?それが何だ!リアナならば、それも有りだ!

 二頭のドラゴンはリアナの姿を見るなり嬉しそうに喉を鳴らす。リアナはそれぞれに挨拶を交わしながら遣り取りをしていた。そして話がまとまったのか、リュシーが勝ち誇った顔をしてリアナを乗せている。悔しそうにグレンが睨んでいた。

「じゃあお願いします、お義兄さま。リュシー」
「行くぞ。しっかり掴まってろよ」


 見る間に下の景色が広がっていく。遙か上空であることも忘れてリアナははしゃいでいた。ジュードが落とさないようにと気を張っているのも今は気づかない。

 美しい街を通り抜け、刈り入れを終えた田畑が見えてくる。
 とくんと大きく鼓動が跳ねた。
 あれは。
 視点が変わっても、見間違えるはずがない。懐かしい我が家だ。
 リアナが公爵家に引き取られる際に捨てたもの。この時間、フィアとヨーテは何をしているのだろう。胸が痛む。
 気づけばジュードに抱きしめられていた。ジュードはリアナが何を思ったか知らないだろう。それでも感じ取ったに違いない。嬉しいと思うのに少しだけ罪悪感を感じる。

「どうした?怖くなったか?」
「ううん。少しだけ。……少しだけこのままで」

 その甘えた仕草にジュードは胸を締め付けられる。何かがリアナの琴線に触れたのは想像に難くない。
 リュシーも異変に気づいたのか、こちらを窺っているようだ。さすがに飛行中は危ないので大丈夫だという意味を込めて首筋を軽く叩いてやる。
 下を見れば大分公爵領から離れていたようだ。





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