第5話 とある公爵家に務める侍女より1




 公爵家の朝は、先日養子に入られたお嬢様をお捜しすることから始まる。

 まさに究極美といっても過言ではない美しさを持つ小さなお嬢様は、公爵様から末端の使用人まで全員の大切な宝物なのだ。

 農民出身ということだが訛りもなく、立ち居振る舞いも堂々としていた。毅然としながらも決して驕ったところはなく侍女達もすっかりお嬢様に心酔していた。
 

 そんなお嬢様だが一つだけ困った癖がある。朝になると必ず何処かに消えてしまうのだ。

 ある時は屋根の上、またある時は嫡男のリューグ様の寝室と毎回違うのが頭痛の種である。朝食は必ず公爵様とお摂りになられるので、その時間までに見つけ なければならないのである。因みに公爵様はお嬢様との朝食を楽しみにしておられるので、見つからないと一日不機嫌になるのだ。

 裏庭を捜していた私は、お嬢様が見つかった合図を耳にしてほっと息を吐いた。今朝はどうやら早く見つかったようだ。

 侍女としての仕事を果たすべくお嬢様の部屋へと向かう。今朝は若君が見つけたようで、若君に抱っこされたお嬢様と廊下で遭った。

「いつもご苦労様、ユーナ。リアナも謝りなさい。いつもいつも抜け出すなんて淑女としてはしたないですよ」
「……はぁい。ごめんなさいユーナ」

 神妙に謝るお嬢様だが、次の日にはまた脱走することは経験済みである。こればっかりは、若君ですらも止めることが出来ないのだ。

「朝のいい眠気覚ましになりますわ。さ、お嬢様。お支度しましょうね」

 若君からお嬢様を受け取った私はそのまま浴室へ。既にお嬢様の湯浴みの準備は出来ているのだ。戻ってきた侍女仲間と服を選び、髪飾りを用意している間に体を清め終えたお嬢様が戻ってくる。

 これからが侍女の見せ所。金と銀を混ぜたような美しい髪は、櫛で梳くごとに艶を増していく。

 お嬢様の髪を梳くのは侍女の中でも人気の仕事なので、毎回持ち回りでやっているのだ。手触りといい質感といい女として羨ましい限りである。自分達で仕上げたお嬢様を見送った後はお部屋のお掃除だ。今朝もお嬢様がどれだけ美しかったかを讃えながら、シーツを替え埃を拭いていく。

 食事を終えたお嬢様は、図書室でお勉強され午後からはマナーのレッスンがあるのでお部屋に帰ってくるのは夕食を終えてからになる。

 マナーレッスンはあの有名なフェラー夫人を招いているので、私達侍女にとってもお勉強の時間なのだ。レッスンに控える侍女は五人、その内お嬢様付の侍女は二人だけなのでこれもまた持ち回りでお互いに教え合うのが日課だ。

 今日は私の番でしたが、お嬢様は非常に優秀な生徒です。初めて間もないのに、既に洗練された動きをマスターしていらっしゃる。厳しいことでも有名なフェ ラー夫人が手放しで褒めるほどなのだ。それはマナーレッスンに限らず、勉学でも遺憾なく能力を発揮されるのだから恐れ入ります。

 私達のお嬢様は自慢のお嬢様なのです!


 話が逸れました。マナーレッスンを終えた後は、夕食の準備が整うまで一時の休憩時間です。

 その時間になると、またもお嬢様はふらっといなくなってしまいますが、こちらは特に心配ありません。

 なぜかって?

 朝とは違いそれは必ずお嬢様が屋敷内の どこかにいらっしゃり、時間になると戻ってくるからです。ある時は厩へ、また別の時には厨房へとどうやら屋敷内を散策されているようです。

 本来でしたら私達が付き添うべきなのでしょうが、若君から好きにさせてやってくれとのお達しなので敢えて知らぬふりをしているのです。

 戻ってきたお嬢様の服を替えて送り出した後は、お休みの支度を始めます。シャボンの香りがするシーツやカバーを掛け、安眠効果のある香を焚きしめます。これも若君の指示で、お嬢様はあまりお休みになられていないようだからです。

 こそっと覗いてみたところ難しい本をお読みになっていましたので、恐らく夜遅くまでお勉強されているのでしょう。お嬢様は努力家でもあるのです。湯浴みで上気した頬を染めるお嬢様は可愛らしいです。

 これは侍女の特権でしょう。

 お休み前に一杯の紅茶をお淹れして挨拶をして下がります。その後はお嬢様の素晴らしさを日記に書き込み私の一日は終わります。




 追記

 マナーレッスンで憶えた事を忘れてしまい、仲間に怒られました。そこへたまたま通りがかったお嬢様に助けられました。一分の隙もない動きに感嘆の息を漏らさずにはいられません。

 良ければみんな一緒に受けられるようにしましょうかと仰ってくれました。


 お優しいお嬢様。わたくしは一生お嬢様についていきますわ!





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