第4話 新しい家族




 リアナの答えを聞いた両親は泣いた。

 フィアはリアナを守るからここにいてくれと縋った。ヨーテは自分の不甲斐なさを嘆いた。

 リアナは心が痛かった。こんなにも思ってくれる人達を置いていくことが辛かったのだ。それでも、二人に甘えて生きていくわけにはいかない。

 人を殺すことに躊躇いはないが、両親の前でそんな姿を見せたくなかった。二人が悲しむことが判っていたから。

「ごめんね、お父さん、お母さん。でも楽しみなんだ。美味しいご飯だって食べられるし、綺麗な服だって着せてもらえる。お父さん達の負担も軽くなるし良いことだらけだよ」

 フィアとヨーテはリアナが嘘を並べていることを知っていた。リアナは農作業を嫌がるどころか楽しんでいた。フィアの作る料理を美味しいといって喜んでいた。

 幼い十歳の子供が両親を安心させるために嘘をついているのだ。こんなに優しい娘に何もしてやれないのが悲しかった。

 一度決めたら引かない娘だと二人は知っていたので、リアナが決めたことならと二人は泣く泣く受け入れた。


 次にリューグが来るまでの七日間、リアナはいつも通りの生活を送っていた。それがリアナの望みだったのだ。村人達は別れを惜しみ、喜んでくれた。

 都会で働いているフレイも帰ってきていた。義兄は泣かなかったが、本当に良いのかと一度だけリアナに訊いた。リアナが頷けばそうか、といつものように頭を撫でた。リアナはフレイに頭を撫でられるのが大好きだった。

 日常はあっという間に過ぎ、迎えの馬車はやってきた。馬車の前で待っていたリューグは、リアナの顔つきを見て悟った。

「娘さんを頂きます。責任を持って育てます。あなた方の大切な者を奪って申し訳ない」

 リューグはフィアとヨーテ、フレイに頭を下げた。公爵家縁の者に頭を下げられた三人は慌てたが受け入れた。

 リアナは身一つでいい、こちらで全て用意させるとのことだったので、荷物はリアナの片手で持てるだけだった。寧ろリューグの方があまりに少ない荷物に驚いていた。

「本当にこれだけでいいのかい?」
「はい」

 ヨーテが捕ったうさぎの皮をフレイが町の職人に頼んで作ってもらったぬいぐるみ。そして、生まれた時につけていたブレスレット−本当の両親からの贈り物−、フィアがリアナのために織ってくれたリボン。それだけだ。

「体に気をつけるんだよ」
「つらくなったらいつでも帰っておいで」
「元気でな」

 三人とそれぞれ抱擁を交わし、リアナはリューグの助けを借りて馬車に乗った。公爵家の馬車ともなると、振動がほとんどない。

 ともすれば行きたくないと叫んでしまいそうな口を締めて微笑う。馬車が通り過ぎるたびに、村人達は門出を祝った。リューグはそれを咎めることもなく、リアナは村が遠く見えなくなくなってもずっと窓辺で微笑っていた。微笑っていなければ耐えられないというように。

 リューグが腰を掴んで引き寄せれば大人しく身体を預けてくる。抱き寄せてぽんぽんと背中を叩いた。

「辛かったら泣きなさい。私はリアナの新しい家族になるんだから甘えても良いんだよ?」

 驚くほど華奢で軽かった。大人びてはいても十歳の子供なのだ。半ば強制的に親元から引き離されて辛くないはずがない。

 リューグは自分が不思議だった。どちらかといえば冷めた性格をしている。利用するためなら手段を選ばないし、リアナに対しても割り切っているはずだった。家族など他人と大して変わらないし、実の弟にすらこんな事をした憶えもない。

 しかしリアナは泣かなかった。ぎゅっと皺が寄るほど上着を握り締めたがそれだけだ。 リューグのことはどちらかと言えば好感を持っている。けれど彼に縋ることを佳しとはしなかった。

 彼は生粋の貴族である。感情よりも優先されるものが多い。今日は味方で明日は敵なんてこともざらにある。相手に弱みを見せることは禁物。リアナが踏み入れた世界はそんな世界なのだと理解していた。だから決して依存はしない。彼等との間に絶対などないのだから。

 互いを思いながらも、何処かちぐはぐな二人を余所に、馬車は進んでいく。


 一日馬車に揺られて、ようやく公爵が屋敷を構える街、ディルトンへと入る。そこから丘陵地帯である街の端に構える屋敷までは更に時間を有し、面会が適っ たのは日にちを跨いだ所だった。

 深夜だというのに、出迎えた使用人達は100人を下らない。その使用人達の一番手前にいた男が、彼等を代表して短く挨拶を した。道中リューグに教わった通り簡単に返して、男の案内で公爵の元へと足を向けた。


 スフェンネル公爵ことベイルは眠気を噛み殺しながら、娘となる少女を待っていた。先触れは既に到着しており、間もなく屋敷内が騒がしくなったのでそろそろだろう。成り行きで養子にしたが、果たしてどのような娘なのか。

 執事のヨードに導かれた少女を見た瞬間、ベイルは目を疑った。芸術家が追求した美を体現したかのような美しい少女だった。屋敷内で明らかに浮いているみ ずぼらしい服でさえ、彼女の美しさの妨げにならない。そして、強い光を秘めた紫の瞳が、少女を彫刻ではなく人にしていた。

 成る程、息子が気に入るわけだとベイルは笑みを浮かべた。もうすぐ四十になるというのに童顔が幸いしてか笑うと三十にも見えるとは、本人は気づいていない。

「お初にお目にかかります公爵様。リアナ、と申します」
「よく来たなリアナ。今日よりこの屋敷がお前の家。不自由の無いよう取り計ろう」
「ありがとうございます」
「今宵は疲れただろう。挨拶はこれくらいにして休むがいい」


 リューグが使用人に指示を出し、リアナが姿を消す。リューグは疲れた目元を解しながら促されるままにソファに座った。

「噂通り美しい娘だな。なかなか良い目をしていた」
「お気に召したようで何よりです。つきましては父上に一つお願いが」
「許す。あの娘はお前に一任しよう。ああ、だが朝食の席は設けるように」
「ありがとうございます。では私も今夜はこれで失礼します」

 後に残された公爵はゆっくりと紫煙を燻らせた。さてあの娘をどうしようかと考えながら。





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