仮装舞踏会 前編




 年に一度の社交界の訪れを告げる仮装舞踏会。皇帝より正式な招待状が届いた者のみが入場できる。
 この日ばかりは奇抜な恰好が当たり前。入り口で入念な身体検査と招待状に徽章の確認を経て、初めて参加が認められる。まだ成人前のため、社交界に入れないリアナもこの日は正式に招待されていた。しかも皇帝本人から手渡しで。

「皇族は季節を模した衣装なんですよね」
「ああ。俺はもう臣籍だから違うけどな。はぁ、欠席したい」

 王宮の一室。ヴァリアスの本邸は、成人した際に臣下に下った証として城外にあるのだが、竜騎士の隊長として王宮に部屋を賜っていた。専属護衛であるリアナも普段は官舎ではなく、隣室で寝泊まりしている。
 二人は丁度衣装の最終確認をしているところだった。社交の場を嫌うヴァリアスも、さすがに皇室が開く宴は拒否できない。
 ここ数年、未婚の令嬢は公爵位を賜ったヴァリアスか皇太子のジェラルドの妃にと望む者が多く、いい加減辟易しているのだ。衣装も他の招待客と被らないよ うそれとなく情報を流すので、仮装舞踏会といっても誰がどの仮装をしているのか筒抜けである。未だ婚約者もいない二人はパートナー探しだけでも必死だっ た。

「腕周りは問題ないですか?」
「丁度良い。それよりお前こそ大丈夫なのか?」
「なんなら練習も兼ねて踊ってみますか?」
「いや……。今更だな」

 苦肉の策。それはリアナをパートナーとして出席することだった。仮装舞踏会、つまり男が女に仮装しても問題ない。というわけで、今回リアナをパートナーとして選んだのだ。
 これなら面倒事もなく宴が楽しめると、自ら出した折衷案にヴァリアスは喜んでいる。

「それにしてもまさか兄上がこれを贈ってくるとは思わなかったな」

 これと指差したのはリアナの仮装服。兎をモチーフにしているようで、白いふわふわのもこもこで出来ている。耳までついていた。しかも女物。

「リトルも着てみろよ。絶対似合うぜ」
「僕はヴァリーの前に確認しましたから。そうだよね、コレット?」
「はい。リトル様のそれはお可愛らしいこと。殿下も当日を楽しみにしていてくださいな」
「なぜパートナーの俺に見せに来ない?」
「君だけずるいじゃないか。当日はリトル君のパートナーになるんだからそれまで楽しみにしてなよ。勿論僕とも踊ってくれるだろう?」
「ジード!いつの間に入ってきたんだ」
 気配もなく、いつの間にか扉にもたれ掛かっていたことに、ヴァリアスは目を剥いた。いくら何でも気を緩めすぎだ。

「『なんなら練習も兼ねて』辺りから?ヴァリーは忙しいみたいだし僕と踊ってみようか」

 そう言うなりジェラルドがリアナの腕を取って踊り出す。口ずさまれる有名な曲に合わせて足を動かす。それはヴァリアスの前言をあっさり翻すほど完璧だった。
 最後のステップを踏み終え、ジェラルドがリアナの頬にキスを落とす。

「とても上手だったよ。名残惜しいけど当日までとっておくことにしよう。じゃあまたね」

 もう一度キスを落として颯爽と出て行くジェラルド。この光景は既に見慣れたものでヴァリアスは悪態を漏らす。

「あいつは一体何しに来たんだ?毎回リトルにべたべたと。リトルも嫌なら嫌がれ!」
「どうして挨拶を嫌がるんですか?ジード様は優しい方ですよ」
「騙されるなリトル!あれは腹が真っ黒だぞ。優しいあいつほど恐ろしいものはない。何か物を貰ったら請求される前に突っ返せ」
「よくお菓子を貰いますけど何も請求されたことありませんよ?」
「それはお前に大きな貸しを作るための布石だ。油断するな」
「そうなんですか?」
「ああ」

 いちいち素直に頷くリアナの頬をハンカチで拭ってやるヴァリアス。
 コレットは微笑ましそうに二人を見ていた。





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