お忍び




 ヴァリアスのお忍びに付き合っていたリアナは外壁から城へと伸びる中央道を歩いていた。中央道は歩道と馬車道に分かれており、歩行者が馬車の妨げにならないようになっている。
二年前にはリュディアスが皇帝に即位し、リアナは十四歳、ヴァリアスは十八歳となっていた。

「まだ食べるんですか、ヴァリー」
「当然だ。お前が来てから記念すべき一回目のお忍びだぞ。ああ、ここはロディアのミルフィーユがおすすめで……」

 城にヴァリアスの護衛として上がってから三年。なぜ今になってお忍びの供をすることになったのかと言えば。

「よかったな。お前の家族から許可が下りて」

 正しくはリューグと公爵から、である。彼等は後見人として、形式上リアナには別の家族がいることになっているが、例の娼館騒動以来、外に出すのは危険であるとの判断からお忍びにはついていけなかったのだ。馬車や馬上で通ることはあれど、自分の足で歩くのはこれが初めて。
 物珍しさでいっぱいだ。
 隣を歩くヴァリアスはまたもや何か買ったらしく、腕には沢山の食べ物を抱えていた。お前も食えと出された串焼きを、休憩も兼ねて座った噴水で食べる。
 老若男女問わずリアナを見ては驚愕し、次いで頬を染め足早に去っていくのだが二人は気にしなかった。

「この串焼き美味しいです」
「そうか。ここにたれが付いてるぞ」

 幸せいっぱいといった感じで頬張っているリアナに指で拭って口に含むヴァリアス。想像豊かな女性陣が黄色い声を上げてばたばた倒れ落ちたのは言うまでもない。

「ありがとうございます」
「お前はまだ14なんだよなぁ」
「?どうしたんです、急に」

 突然頭を撫でだしたヴァリアスの不可解な行動に首を傾げる。

 こういう何気ない仕草が可愛いんだよな。ってこれは男だぞ!錯覚しそうだがこれはまごう事なき男。いくら見た目が細くても女顔でも、涼しい顔で大の大人を片手で吹っ飛ばすような男だ。断じて可愛い、のは否定しないがもっと触りたいなんて思ってないからな!

「ヴァリー?聞いてますか」
「あ、いや。お前って大人びてるからつい同年か年上みたいに思うけど実際は年下なんだよな」
「態とそう見せてるんですから当然です。ヴァリーの前では偽ってないつもりですけど」
「俺のせい、だよな」

 若すぎるからこそ人一倍の成果を求められる。羨望や嫉妬。些細なことで揚げ足を取られないように、リアナは上手く立ち回ってきた。

「後悔しておいでですか?」
「いや。というかもし今俺が後悔していると言ったらお前、即座に帰る気だっただろう」
「よく判りましたね」

 輝かんばかりの微笑みで肯定される。絶対本気だったとヴァリアスは確信していた。危うく惜しい人材を無くすところだった。

「……ジードの所へ行くつもりか?」
「まさか。ジード様に仕えたいとは思いませんよ」

 ほっと安堵の息を吐いた。何かとちょっかいをかけてくるジェラルドは、事がある度にリアナを自分付にしようと画策してくるので困っている。
 元々何を考えているのか判らない一つ年上の甥は苦手なのだ。

「殿下。私はあと一年でお側を離れる身です。別の形で遇うことになっても、私の気持ちに偽りがなかったことは憶えておいて下さいね」
「リトル、どうしても帰るのか?」

 後一年。最初にリトルを護衛として雇う際に条件としてつけられたもの。なぜ四年契約なのかは知らない。しかしそれをヴァリアスは呑んだ。
 契約期間の間に一生自分の護衛として働くよう説得するつもりであったし、これからも手放すつもりもない。だがこの三年。陰に日向に支えてくれたリトルは決して頷かなかった。
 そして一年を切り、少しずつ後任に引き継ぎを始めていることを知っている。意志は変わらないと突きつけられた気がした。

「決められたことなんです。殿下も大きくなりましたし、もうお世話係はいらないでしょう?」
「俺はお前がいないといやだ。俺の仕事をお前以外の誰が補佐をする。大体キーファ姉上はどうするんだ?」

 あれ程嫌がっていたキエリファが、最近着飾るようになったのを知っている。きっとリトルに恋をしているからだろう。

「姫も陛下も当然了承済みですよ。だから僕が婚約者として姫の相手になっただけです。一年先には姫は別の人と結婚しますし。なんでもラブラブ?だそうです」
「そうなのか?」

 スタードラゴンの使い手として外聞が悪いから婚約者になった。だが貴族達が皇女を一介の田舎者にやるわけがない。裏では、四年後には専属護衛の契約が切れ、城を去る。そんな取引があったからこそ認められたのだ。
 公にはなっていないが既にキエリファの結婚相手も決まっており先方も了承済み。というか、先方は秘密の逢瀬を楽しんでいる節がある。当の本人に言わせればスリルも恋愛のスパイスだ、ということらしい。

「はい。ですから……っ!」

 続けようとしたリアナははっと息を呑んだ。

 なぜここにいるの?





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