皇家の陰謀 後編
そしてリアナはジェラルドに腕を取られたまま、バラ園へとやってきた。この温室は限られた者しか入れないそうで、ジェラルドのお気に入りなのだとか。
「リトル、と呼んでもよろしいでしょうか?」
「勿論です皇太子殿下」
「うーん。じゃあ僕のこともジードと呼んでくれないか?堅苦しいのは好きじゃないんだ」
突然素に戻ったジェラルドに、リアナは判りましたと頷いた。既にヴァリアスで慣れている。
「ところで君、女の子だよね?叔父上は男だって言ってたけど明らかに違う」
「さあ、どちらでも良いではありませんか。僕はヴァリアス様の護衛で竜騎士。それ以外の何者でもありません」
やはり面白いとジェラルドの瞳が煌めく。リアナは一輪、薔薇を傾けると息を吸い込んだ。甘く上品な香りが鼻腔を擽る。
「僕は気になるんだよね。……ちょっと失礼」
どこにそんな力があるのだろう。軽々とリアナの腰を攫ったジェラルドは近くにあったテーブルの上にリアナを乗せる。文句を言おうと顔を上げたリアナの口を塞いだ。
甘い吐息を奪いながら股へと手を当てる。やはり男にあるべきものはない。
酷薄な笑みを浮かべて、最後に唇を舐めた。ぎりぎり唇が触れるか触れないかの距離で気に入ったよ、と囁く。そして再び重なりかけたところで。
「……何で邪魔するの」
素早く挟まれたリアナの手の平によって阻止された。
「こういうことは恋人か家族以外としてはいけないとジュード様が言ってらしたので」
キスの意味すら全く知らなかったリアナにジュードが教えたのだ。疎いリアナは意味が全く判っていなかったが、恋人(兄が認めた将来を誓う相手)と家族以外は唇同士でキスをしてはいけないらしい。
流石に貞操観念の危機を憂えたジュードが出した苦肉の答えだった。
先程は不意打ちで防げなかったが、今回はきちんと阻止できたことに満足する。
「ふぅん。そう言えば昨日もジュードに邪魔されたんだよね」
あっさり離れたジェラルドは何となく察した。昨日も感じたことだが、この娘は何も知らない。この年でキスの一つも知らないのは不自然だ。近しいものが徹底的に排除している証拠。
恐らくそれを制限しているのはジュード。そこから身元も容易に探り出せそうだ。
逃がさない。遊び尽くすまでは放すつもりはなかった。
年が近いだけあって昔から一つ下の叔父とは何かと張り合ってきた仲だ。そんな彼が一番の信を置く、この娘を奪ったらどうなるだろうか?
先日邪魔されたことへの意趣返しも込めて、それはとても良い考えに思えた。
何より一から教えるのも、つまらない王宮の生活からすれば、丁度良い暇つぶしになる。
「ジード様?」
「ねぇ。じゃあ僕が君の恋人になればいいんだよね」
あったばかりの人間にどうしてここまで固執するのか判らない。ただ、あの柔らかな唇は悪くないと、そう思っただけだ。今まで通り、飽きれば切り捨てるだけ。
「僕が、ですか?」
「そう。無理にとは言わない。ジュードは抜きで、君の考えで判断して欲しいな」
「……」
どう判断していいのかわからないから視線が宙に泳ぐ。恋人イコール兄が認めた将来を誓う相手、つまりジュード抜きでは判断がつかない。ぐるぐると思考がループする。
考えた末に、兄はジュードだけではないではないという結論に至る。
「ジュード様を抜いても僕の考えは変わりません」
「は?それは結局……」
どっちなんだと言う前に、タイムアップなのか侍従が二人を呼びに来た。いくら影のような存在とはいえ、侍従の前で口説く趣味はない。うやむやのまま、ジェラルドの告白は宙に浮いた。
その頃。二人からは死角になる繁みでは。
「あっはっはっ。上手くかわされてるね」
「情けないわ。そこは愛の言葉の一つや二つ、囁いてみせるところでしょうに。でも、リトル相手にストレートに言葉を紡いだことには評価をあげても良いわね。あの子は鈍いから」
「二人とも。そろそろ戻らないとばれますよ」
「キーファ、よく覚えておきなさい。ああいう男をへたれと一般では言うのよ」
「母上……あまりにもジードが可哀相では?」
「リトル君を使ってヴァリーで遊ぼうとするからだよ。ああ、いい気味」
強ばった身体を伸ばすリュディアスは笑ったままだが、だからこそそれが本音だと判った。我が親ながら身も蓋もない。