皇家の陰謀 前編




 騒動から数日後。週に一度の婚約者との茶会の席で、一番に頭を下げられた。ちなみに婚約者との茶会は名目で、正しくは婚約者一家に愛でられる会なのだが。豪華な顔ぶれに、宮廷人ならば誰もが憧れるであろう。
 頭を下げているのは婚約者であるキエリファ。キエリファの両親も申し訳なさそうにしていた。

「あの、姫。頭を上げてください」
「愚弟に代わって私から謝罪しよう。貴方に不快を与えてしまったのは事実だ」

 困ったなと内心思っていた。あの騒動の次の日、ヴァリアスからも謝られたし、恐れ多くもリュディアスからも内密に謝罪されていた。だがどれに関して謝罪されているのか全く心当たりがないのである。
 酒を飲むのがいけなかったのだろうか?
 リューグの施した教育は思わぬところで裏目に出ていた。

「不快な思いはしておりませんし、ヴァリアス様からもきちんと謝罪の言葉を受けましたから気になさらないでください」
「だが、貴方はうら若き女性ではないか。そんな貴方を娼館などに連れて行くなど許し難い行為だ。男の風上にもおけん!」

 キエリファはあの決闘の後、両親からリアナの性別を知らされていた。当初は怒り狂ったが、女性の身で竜騎士を務めるなど素晴らしい心意気だと、今では親しい友人付き合いをしている。元々可愛い物好きなので、リアナのことを妹のように思っていた。

「キーファもその辺でやめておあげ。リトル君が困っているよ」
 リュディアスの助け船に不承不承キエリファは頭を上げた。リアナは目礼して感謝を示す。
「ところでリトル君。今日はもう一人お客を招いているんだ。私の息子でジェラルドと言うんだけど……」
「あの子ったら遅刻かしら。迷子になってないと良いけれど」

 扇で口元を隠すこの貴婦人はリュディアスの妻であり皇太子妃であるヴィエッタだ。成人を終えた三児の母とは思えない、見た目は20代のとても若々しい御方なのである。紫紺の瞳をした侯爵家の娘で、大輪の花を思わせる華やかな面立ちに呆れ顔を作っていた。

「さすがに迷子になる歳でもありませんよ、母上」

 生け垣の間から現れた青年にリアナは席を立とうとし、リュディアスに阻まれる。結局椅子に座ったまま迎えることになった。

「初めましてグルテア卿。ジェラルドです」

 リアナの前で膝を折ったジェラルドがリアナの甲を持って唇を落とす。貴婦人に対する挨拶に恐縮することもなくリアナも返した。

「恐れ入ります、皇太孫殿下。リトル・グルテアです」

 リュディアスの若かりし頃を思わせる面立ち。二人が並べば瓜二つだった。そして先日娼館であったジードという青年で間違いない。

「もう、遅いわよジード」
「すみません母上。白薔薇が盛りでしたので遠回りしていたんです。……ああ、こちらをどうぞ」

 持っていた一輪の薔薇をリアナに差し出してから、ジェラルドは席に着いた。本来なら不敬と取られてもおかしくないリアナの態度も、怒る様子はない。
 てきぱきとお茶の用意をしたリアナがカップを差し出せば微笑まれた。

「もうそんな時期なのね。そうだわ!折角だからジードがリトルに案内なさい。遅刻した罰です」
「皇太子妃殿下?!」
「リトル。そんな他人行儀に呼ばないで頂戴。お母様と呼んでくれて構わないのよ?」

 むしろ呼びなさいといわんばかりに詰め寄られる。隣ではリュディアスがじゃあ私のことはお父様と呼んでくれとにっこり微笑まれ、キエリファに至っては私はお姉様だな!と喜んでいる。新顔のジェラルドは楽しそうに笑っているだけで誰も味方はいなかった。
 頬を紅潮させ、恥ずかしそうにもじもじしている姿を皇族一家は、可愛いなぁと心ゆくまで楽しむ。普段の凛々しい姿とは異なるギャップが彼等の心を擽るのだ。
 何度か口を開けたり閉じたりを繰り返した後、意を決してお母様と呼んでみた。なぁに?ととろけそうな笑顔が返ってくる。

「そんな、皇太孫殿下に案内などと恐れ多いです」
「まぁリトルったら。そんな堅苦しいこと言わないで。ねぇジード?」
「ええ。僕と一緒では嫌でしょうか?」
「そんなことはありません!」

 ムキになって否定するリアナに一通り笑った後、手を繋いで席を立った。端から見れば男同士。変な噂を流されてもおかしくない。

「早くリトルがわたくしたちの娘にならないかしら」
「ジードが興味を持っているみたいだからね。あの子さえ良ければ候補に入れようと思っている」
「気が早いのではありませんか?」

 二人の背が完全に生け垣へと消えたのを確認して三人はどうリアナを皇族へ迎え入れるか真剣に話し合っていた。人払いをしてあるので護衛達も話の内容は聞こえない。

「だがジードはもう17だ。私がジークの歳には既に君を迎え入れてミラが産まれていたよ」
「あと3年。ヴァリーには悪いですけれど、譲れませんものね」

 彼等にとってヴァリアスは自分達の子供と変わらない。だが、リアナがスタードラゴンを手に入れてしまった時点でヴァリアスに渡すわけにはいかないのだ。 例えヴァリアスに皇帝位を狙う気が無くても、周囲が黙ってはいない。問題は全く関係のない男に盗られることだが、リアナの兄弟がいる限りその可能性は限り なく低いだろう。

「私は反対だ。ジードよりもまだヴァリーの方がましだな。ジードにリトルは任せられん」
「でもねキーファちゃん。ジードだって決めた人には一途だと思うのよ。だってリュドにそっくりだもの」

 過去の遍歴を持ち出されリュディアスは苦笑した。彼自身ヴィエッタに出会うまで数々の浮き名を流してきたからだ。ヴィエッタに会ってからは全員と手を切ったが、そのせいでヴィエッタを口説き落とすまでに二年かかったのだから。

「む。だがリトルがジードを気に入るかどうかはまた別だろう」
「そこが問題なのよ!困ったわ」

 頬に手を当てて溜め息をつくヴィエッタ。彼等の中でリアナが義娘になることは決定事項なのだ。

「ダメだったら私の妃にするから大丈夫だよ」
「そうですわね。それも楽しみですわ」

 笑いあうおしどり夫婦。不憫な奴だなと自分のことは棚に上げてキエリファはリアナを思った。





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