果たし状




 ヴァリアスが勉強している間、リアナは魔術塔と研究所に足を運んでいた。

 本来ならば必要のないことだがそれぞれのトップがヴァリアスにから是非にと泣き付いたからだ。待遇も破格で、専用の部屋まで用意されている。

 魔術塔では実験体として研究所では植物の研究をしている。寒暖に強い植物の品質改良を主に手掛けているのだ。

 そしてその土地は与えられた名ばかりの領地である。 人口は僅か五人。つまり一家族が住んでいるだけの寂しい土地であった。


「領主様!よくきたべ。一通りはお言いつけ通りに耕したべが……」


 一家の大黒柱の男が様子を見に来たリアナを見つけ駆け寄ってくる。一通り挨拶した後、耕された畑を見てリアナは一つ頷いた。

 彼には試験場、つまり畑の管理を任せているのである。ちなみに給金はちゃんと出しているので食べていくのには困らなかった。


「今回は三種類持ってきたんだ。右からバク麦、リズ豆、レアナ草。きちんと分けて植えてくれる?それからこれが肥料で、三日に一度あげて欲しい。発芽したらまた知らせてくれ」
「判っただ。明日から早速とりかかるべ」
「ありがとう」


 昼食を誘われたが断って、再び大空へ飛び立つ。ルークーフェルは他のドラゴンよりも遙かに速く飛べるので、昼を過ぎる頃には王都へ戻って来られた。

 午後からは執務の時間になるので足早に王宮を歩く。


「お前がリトル・グルテアか?」
「そうです」


 途中大柄な男達に道を塞がれる。迂回しようと踵を返しかけたところで声をかけられた。仕方なく足を止めたリアナを正面から破壊力抜群の美貌を見てしまった男が怯む。

 誰だろうと小首を傾げたところで何人かが鼻血を噴いて倒れたが、誰も助けようとはしなかった。


「何の用でしょうか?」


 こうして一人でいる時を狙って絡まれるのは少なくない。ほとんどは顔を真っ赤にして走り去るか、迫ってくるか、倒れるかのどれかなのだが今回はどれでもなかった。


「た、隊長から貴方に伝言だ!」


 手紙を押しつけられ、男達は逃げ去った。恍惚とした表情で倒れている男達は置き去りである。

 訳が判らずも手紙を持ったまま、執務室へ急いだ。


「遅刻だぞリトル!右端は全部カラル、ドリュー、ジュードに渡せ。それからこれはサンスに。そろそろ視察から帰ってくるはずだ、逃げないように確保してお け。それが終わったらこの本を長官に返してくれ。ついでに騎士隊長に、兄上を甘やかすなと伝えろ。終わったらルーの手入れに行ってこい。厩舎の奴等が泣いて いたぞ。あとレミアの手綱を外して自由にしてやってくれ。全部終わったら戻るように。……何を持ってるんだ?」
「手紙です」


 手を止めずに言い切ったところでヴァリアスがようやく視線を上げた。問題ないだろうと手紙をヴァリアスに渡す。


「先程兵士の方に貰ったのですが、誰からなのか判らなくて…」


 差出人の名前がない手紙を裏返したヴァリアスは即座に顔を顰めた。押された封蝋に見覚えがあったのだ。紫の蝋が使えるのは皇族のみ。そして押された紋章は間違いなく姪のものだ。リアナに断ってから封を切れば予想通りの言葉が並んでいる。


「『本日鐘が七つ鳴る頃に第二練武場にて待つ』か。まぁ、適当に頑張ってくれ」
「殿下?」
「今は二人きりだろう」
「でん…ヴァリー。よければ教えてくれませんか?」


 言い直したリアナに気を良くしたヴァリアスは手紙を持ち主に返してペンを置いた。


「俺の姪っ子。といっても、全員年上なワケだけどな。キーファ姉上のものだ」


 現皇帝の子供は皇太子であるリュディアスとヴァリアスだけだ。ヴァリアスが姉上といった時はつまりリュディアスの子供たちを指す。リュディアスの一番目の息女は既に嫁いでいるので、男達の呼んだ隊長という呼称から推測されるのは。


「リュディアス様の二番目の姫?」
「そういうこと。お前の許嫁からだな。大方手合わせの誘いだろう。姉上は強い男にしか興味ないから」


 ようやく得心がいった。のだが、生憎今夜は先客がある。


「ヴァリー。この場合断ったらどうなりますか?」
「あぁ、そう言えば今日はあの日だったな。俺からウェイザー子爵に話を通しておこう。それで問題ないな。因みに断った場合、姉上の部下総出で探された挙げ句に逃げても追い回されるから覚悟しておけ」
「……経験なさったんですね」
「訊くな。お前の腕ならまぁ安心だから、適当に相手してやってくれ」


 心なしか青ざめたヴァリアスに同情したリアナだった。





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